ぎふきょうそブログ小屋

岐阜県教職員組合のブログです。

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ほんりゅう 66年目の夏 - 村上 

 「原子力の平和利用という言葉がよく使われていて、私自身あいまいに受け止めていた。『もんじゅ』は恐ろしいと聞いてはいたが、普通の原子力をもっと知っておくべきだった」「地震の多い日本では原子力発電所をなくしてほしい」
 8月1日の新聞各紙は、広島市で開催された日本母親大会での、吉永小百合さんの発言を大きく取り上げていた。中には一面に載せた大手新聞もあった。
 かねてから、吉永さんが原爆詩の朗読など、核兵器廃絶運動にとりくんできたことは、よく知られている。また、高速増殖炉『もんじゅ』の危険性を訴えるVTRにボランティアで出演したこともあった。吉永さんのこうした活動と、『夢千代日記』の胸を締めつけられるような切ない物語とが、舞台となった山陰の厳しい自然の風景とともに重なり合ってくる。
 6月14日、東京都内で行われた会見で、西田敏行さん(福島県郡山市出身)と菅原文太さん(仙台市出身)が、故郷へのあふれる思いと怒りを込めて「原発NO」を宣言した。この時は、一部のスポーツ紙や芸能紙以外、マスコミが大きく取り上げることはなかった。同じ「脱原発発言」でも、今回の吉永さんの扱いの大きさから、マスコミの中で確実に起こりつつある変化を感じる。
 もうすぐ66年目のヒロシマ・ナガサキの日がやってくる。今年はこれまでとは違う気持ちでこの日を迎えることになるだろう。

ほんりゅう 教師という仕事 - 国枝 

 先日、PTA研修会があり、引率役を務めさせていただいた。渉外担当という仕事に関しては全くの門外漢で、事務に大いに迷惑をかけたのだが、うれしいことが一つあった。この3月卒業した生徒のお母さんが参加してみえて、声をかけていただいた。「卒業した息子は先生の授業が大好きで、いつも話してくれたんですよ」とのことだった。鉄道が好きな彼は、僕の話に旅のイメージを掻き立て、日本最大級の車輌製造メーカーに就職していった。GWには、楽しそうに仕事のことを語ってくれた。彼は、高校では最も厳しい部活に3年間在籍し、その間勉強もしっかりやって、本も結構読む生徒だった。一昔前には結構たくさんいた生徒なのかも知れない。
 今年、その弟が入学し、やはり真剣に授業を聞いてくれている。こんな具合に、生徒と親とボクがつながることがあり、こんな時こそこの仕事にやりがいを感じる。
 ところで、今の若い先生にどれくらいこういった愉しさを感じるチャンスがあるのだろうか?とにかく忙しい。さらに「生徒を指導する」という呪縛から抜け出せない学校がある。教育の愉しさ、教員のやりがいってそんなもんじゃあないと思う。それを若い先生たちに心の底から伝えたいと思う。でも、それは見方によっては価値観の押しつけになりかねない。学級規模にしても、教師の労働条件にしても、とにかく理想からは遠くかけ離れてしまっている今のこの国の教育制度…これを何とかしなければという強い思いで、老体にむち打つ今日この頃だ。

ほんりゅう 新任の時 - 岩佐 

 30年余前、新任の私は、定時制高校へ赴任した。当時、生徒はほぼ全員が働いており、ちゃんと就職してない生徒は長続きしないと言われていた。私は、そのような彼らの生活も思いもまったくわからない脆弱な若者だった。ゴールデンウィークを過ぎた頃から、ほぼ全部のクラスで授業ができなくなっていった。手も足も出なくなったクラスもあった。先輩の先生方に何度も相談した。いろいろアドバイスしてもらったが、それで何かを変えることはできなかった。▼「もう少し春休みが来るのが遅かったら、教員をやめていたなあ」と当時、よく思ったものだが、新任1年目を乗り切れたのには二つのことがあったからだと思っている。ひとつは、夏休み頃から職場での付き合いができてきて、プライベートでは先輩後輩なく一緒に遊ぶようになったこと。もうひとつは、部活動で生徒たちとつき合うようになったこと。自然発生的に生徒たちが集まってきて事実上部活動となり、毎日、授業が終わった9時過ぎから1時間ほど活動した。そこでは、授業ではまったくダメだった生徒との何人か普通につき合えたのだった。▼2年目、授業の状況が大きく変わったわけではなかったと思う。しかし、私の心の持ち方は大きく変わっていった。▼学校の中で、生徒たち・先生たちとの関係の中で私たちは教師に育っていく。私たちが働くのは、子ども・生徒を育てる学校という場である。そこでは「教師もゆったりと育っていく時間を保障することが大事だ」というような人間観が当たり前でなければならないと思う。

ほんりゅう 『夢想家』であること - 村上 

 ジョン・レノンの『イマジン』に次の一節がある。"You may say I'm a dreamer"(君は僕のことを夢想家というかもしれない)▼「夢を見ることを恐れてはなりません。われわれは力強い足取りで前に進んでいく『非現実的な夢想家』でなくてはならないのです」村上春樹氏はカタルーニャ国際賞の受賞式でおこなったスピーチをこう締めくくった。村上氏は、原発に疑問を呈する人々は、推進する人々から『非現実的な夢想家』というレッテルが貼られてきたが、地獄のふたを開けてしまったかのような原発こそが「現実」なのではないかと強調した。▼国内マスコミ各社の世論調査では、原発廃止・縮小を求める声が過半数を超えた。イタリアの国民投票では、「原発NO」が圧倒的多数を占めた。イタリアにとって、電力供給の他国への依存は克服しなければならない課題であるが、こうした動きもまさに「現実」なのだ。▼日本の某政党の幹事長は、イタリアの国民投票の結果を「集団ヒステリー」と評した。もちろん、これは日本国内で起きている変化を意識してのことである。国民の切実な思いに寄りそうことができない政治家たちが、原発を推進してきた。「原発をやめたら、電力はどうするんだ」という脅しに対して、私たちは『夢想家』として、叡智を結集することが求められている。▼『イマジン』の歌詞はこう続く。" But I'm not the only one"(でも僕はたったひとりじゃないんだよ)

ほんりゅう 原発問題にはっきりした態度を - 国枝 

 1986年4月、チェルノブイリ原発事故が起こり、日本でも反原発運動が盛んになった。もちろん、高校でもこのことは大問題。授業でも、積極的に原発の危険性や問題点が取り上げられた。そのような中で、1989年以来国内での新規立地は許可されてこなかった。▼そのうち授業で原発を取り上げることも減り、ボクの場合も「便利な生活をしたいんやったら、原発反対とは言えんかなぁ…。ただ、ボクは反対だけどね」というような取り上げ方に変わっていった。国民は電気を湯水の如く使う便利な生活に慣らされていった。しかし、この間に一カ所の原発に何基もの原子炉が並ぶ、さらに危険な状況が生み出されることになる。▼それが地球温暖化が問題になるにつれ、CO2を出さない発電方法として原発が評価されるようになってきた。そして、新しい原子力発電所の工事が進み出した。ただ、ボクにはそれが危険きわまりないことに思えてならなかった。春休みには山口上関原発の反対運動をこの目で見て、原発の問題点を授業でしっかり取り上げようと考え始めてはいたが、それでもなおこの問題を取り上げる決心がつかないでいた。▼一方、岐阜には「放射能のゴミはいらない!市民ネット・岐阜」という団体があり、その代表Kさんはこの間も熱心に核廃棄物の問題に取り組まれてきた。ボクは、そんなKさんを「偉いなぁ」と傍観するのみだった。▼しかし、3月11日の震災と、それに続いて起きた人災=福島第一原発での事故に直面して踏ん切りがついた。ここまで原発問題からは距離を置いていたが、これからははっきりとした態度をとることにしたい。生徒に原子力発電の危険性をしっかりと考えてもらうためにも。

ほんりゅう 職場教職員九条の会 - 岩佐 

 退職間際だったO先生が「最後に、お願いを聞いて頂けませんか。それは先生に、日本国憲法第九条の改悪を阻止するために『教職員九条の会』に入って頂けませんかというお願いです。…是非ともいっしょに声をあげて下さい。お願いします」というメッセージの入った退職の挨拶をすべての先生に配りました。◆そこには小さな字で次のように付け加えてありました。「お願いを聞いていただける方は、『岩佐先生』に声をかけてください」事後承諾で私は世話役になりました。◆4月になり最初の職員会議後、ある先生が「これ先生に渡せばよかったかなぁ?」と〈教職員『九条の会』ぎふに賛同し入会します。〉の葉書を手渡してくれました。その横から「あっ、それ、私も出さなきゃ」と二人の入会者がありました。これに勇気づけられて、休日部活動にみえていた先生に声をかけると「『平和を守る』の一点で賛成です。入ります」との答。たいへん嬉しい言葉でした。最終的には、一年間で職場の4割ほどの先生が入りました。退職されたO先生の願いに後押しされてここまでできたのだと思っています。◆その後、私は現場を離れ、当時のメンバーの先生方の多くも退職や転勤をしてみえます。ここしばらく「九条の会」を通してのおつき合いをしていませんでした。久しぶりに、教職員「九条の会」のニュースとともにお便りを出してみようかと思っています。

ほんりゅう 東日本大震災 - 執行委員長 村上達也 

 石巻市立大川小学校。あの日、北上川をさかのぼった津波は、校舎の屋根まで達した。学校にいた児童108人のうち64人が亡くなり、10人が行方不明。校内にいた教職員11人も9人が死亡、1人が行方不明。1カ月たっても学校の周りには、我が子を捜す親の姿が…。▼余りにもむごい現実に、私たちは言葉を失い、涙した。しかしその一方で「何かしなければ」という強い思いが突き上げた。教職員組合として、この未曾有の大震災にどう向き合えばよいのだろうか。▼全教は全国組織というネットワークを生かして、いち早く救援カンパのとりくみを提起した。4月12日現在、約2800万円が集まり(岐阜教組として把握できた分は100万円余)被災地の教育委員会にその一部を届けた。また、現地に事務所を設置して、救援物資の配送や、ボランティア派遣のとりくみも進んでいる。▼被災地の子どもたちはどうだろうか。大切な人々や住まいをなくした子どもたち。地震や津波、そして原発の放射能の恐怖におびえている子どもたち。学用品はもちろん、学校そのものが失われた子どもたち。不安の中で再開された学校も少なくない。元気に走り回る子どもたちの一方で心に負った傷も心配である。▼「復興」という言葉の意味するものは重い。そして、その道のりは遠いだろう。私たちにできることは、今も、そしてこれからも少なくないはずだ。教職員組合の真価が問われている。

【ほんりゅう】岩佐 

◆「地震」が起こったとき、東京で会議中だった。長く強い揺れがいつまでたってもおさまらず、机の下にもぐり込んだ。しばらくして再び強い揺れ、さらに何度もの余震。その後ずっと体は揺れを感じたままで気持ちが悪くなった。
◆夕刻にコンビニへ食料を買いに出ようと思ったが、「コンビニにはもう商品はないよ。商品はないけど、食料を求めてたくさんの人がコンビニの中で列を作っているよ」と教えられあきらめた。
◆状況が落ち着いて、夜にはホテルの部屋に入ることができた。ほんとうにホッとした。「東京で多くの帰宅難民が出る」と報道するTVをホテルで見ている自分を申し訳なく思ったくらいだ。
◆翌日、少々新幹線が混雑しただけで、岐阜へは遅れもなく帰って来ることができた。ただ、東京で感じた切迫感はしばらく残ったままだった。
◆その後、時とともに明らかになっていく震災のすさまじさには、なんと言ってよいのか、言葉が見つからない。ただ、地震や津波による被害だけではなく、原子力発電所で炉心が溶融する事態になっていることには強い不安と恐怖を覚える。
◆今できることは限られているだろう。しかし、私たち教師がこの未曾有の事態の中でどのようなことができるのか考えていきたい。

ほんりゅう ウソも方便? - 村上 

 鳩山前首相は「米軍普天間基地は国外、最低でも県外へ」と公言して、政権交代をなし得た。しかし、政権の座についてからは、迷走を繰り返した末、「沖縄の米軍は抑止力であるから国外・県外への移設はできない」と、自らの公約を投げ捨てたのであった。▼鳩山氏の最近の発言が物議をかもし出している。鳩山氏は新聞のインタビューで、抑止力発言は名護市辺野古への移設を正当化するための「方便」だった。「県内移設」という結論を説明するための理屈が、「抑止力」だったというわけである。「国外・県外移設」を期待した沖縄県民への裏切りを、自ら暴露したこととなった。▼私には今回の問題から、過去の戦争がウソ(方便)によって始められたという歴史的事実が頭に浮かぶ。日中戦争しかり、イラク戦争もそうであった。時の権力者や国家によって国民がだまされ、欺かれ、いかに多くの犠牲(相手国の国民も含めて)を払ってきたことか。▼琉球新報の政治部長・松元剛氏は、以下のように述べている。「沖縄はもうだまされないという意思を強固にした点で、鳩山証言の意義は極めて大きい。海兵隊の抑止力が虚飾に彩られていることをしっかりと国内外にアピールし、普天間の県外移設を切望する沖縄の声を一層明確に打ち出す好機到来と位置付けたい」だまされないというだけでなく、さらに積極的な姿勢が大切なのだと思う。

ほんりゅう 公務員の賃金カット - 三浦 

 先日、町内会の会合に久しぶりに出席した。私の職業を知っている人が「公務員はいいねえ、安定していて」と言うのに対し私は、最近は給与カットで収入は減る一方だと説明したが『それでも公務員はいいよ』という感じで聞いていた。不況の時は『公務員はいい』という先入観があるのか。▼隣の愛知県の知事、市長選では大幅減税を掲げた河村、大村コンビが圧勝した。名古屋市議団は報酬を半額の800万にすることにやむなく同意するとか。この流れで進むと、名古屋市の公務員は09年から既に5%前後の賃金カットを強いられているが、減税の財源としてさらなる大幅カットが懸念される。市会議員とは違い、公務員はそれだけが収入源という人がほとんどなのに。▼ご存知のように、私たちの岐阜県でも一昨年から始まった賃金カットを来年度も続行しようとしている。昨年の人事院勧告による一時金0・2ヶ月減等と合わせると今年度とほぼ同額のカットとなる。▼公務員以外の岐阜県民はどれだけそのことを知っているのだろうか、あるいは知っていても公務員からカットするならいいと思っているのか。愛知県の選挙結果は、減税のためには市議や公務員の給与カットは当たり前だということだろうか。▼国や県の財政が何故赤字に転換し、今後どのようにしていくべきか。これは国民、あるいは県民皆で考える問題だろう。失政のつけをある職業の者に押しつければいいというものではないことを、広く訴えていくことが必要だ。
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