ぎふきょうそブログ小屋

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【中濃】今、虐待を考える…貧困と差別の中で 

1月30日 ワークプラザ関
中濃支部・冬の支部教研
20100305中濃
 講師に石田公一さん(中央子ども相談センター所長)をお招きしました。参加者は20名で、もっと沢山の人に聞いて欲しい内容でした。以下、感想を紹介します。

福祉や教育者と手をつないで
☆虐待を受けた子どもたちの状況や、子ども相談センターの仕事がよく分かった。
☆貧困をどうとらえたらいいのかスッキリした。子どもが発達から疎外されている状況が貧困である。そこに拍車をかけるのが経済的貧困である。この視点を持てば、福祉や教育関係者と手をつないで話し合っていくことができると思う。
☆リストラされた人に自分史を書かせながら、権利や今までやってきた自分の仕事、労働の価値などを学びながら、裁判に持ち込んで闘っている実践を聞いて、綴り方が学びと結び付くということが認識できた。
☆こういった被虐待の子の指導には、集団が目的を持つことが大事だと熱く語るのをみて、こんな先生方もいるのだと感心した。

孤立と貧困の子どもたち
☆確かに子どもたちの様子を見ていると、学用品を節約して落とし物が少なくなっている。百円ショップで買ったコンパスや分度器を使っている子もいる。だから、職員に教材を安易に買わないように勧めているが、作るのがめんどくさいと買うことを止めない学年もある。
☆不登校の子がいる。カウンセラーが絵を描かせて分かったことは、家庭で家族と一緒にいるけれど本人は孤立している。考えてみると、学級の中でも孤立している子がいっぱいいる。なぜか子どもが小学校3年ぐらいで母親が仕事に出ることが多い。子どもは甘えられなくて幼児帰りをする。これも貧困ととらえてよいのではなか。
☆家庭の中に和ができている子は、障がいに関わらず、人に対しての向き方に暖かさを感じることができる。就学援助を知らない親もいる。夫婦で現状を話し合っていないようである。
☆みんな疲れているのか参加者が少ない。教員も孤立させられている。これも貧困ではないのか。

 貧困について、実践的にコミュニケーションとつながることについては、まだまだ学習が必要であるということになりました。
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( 2010/03/05 10:21 ) Category イベント・行事 支部 | TB(0) | CM(0)
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