ぎふきょうそブログ小屋

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【ほんりゅう】ついに 「靖国YASU KUNI」 を見る 

 七月七日の夜、 話題の映画 「靖国YASUKUNI」 が岐阜でも上映された。 会場の五〇〇席はすべて埋まり、 立ち見の人までいた。
 一宗教法人にすぎないはずの靖国神社は、 政治的な議論と感情的な対立の対象となってきた。 映画は、 八月十五日に靖国神社に集うさまざまな人々の、 まさに狂騒というべき光景を映し出していく。 しかし、 カメラはきわめて冷静に、 そして淡々とそうした人々の姿を追っていくだけである。 特別なコメントはつけられていない。 私は映像を見ながら、 私自身と靖国神社との 「距離」 を測っていたような気がした。
 映画の中で、 靖国神社の神体 「靖国刀」 を作る老刀匠の姿が随所に織り込まれる。 なぜ、 この老人をこれほどまでにとりあげるのだろう?私はそのことを考えていた。 映画の終盤になって、 自分なりにその答えがわかったような気がした。 日本刀を手にした日本兵に 「処刑」 される中国人。 「百人斬り競争」 と称して、 まるでゲームのように中国の民衆を殺戮する日本兵。 リ・イン監督にとって避けて通ることのできなかった事実なのだろう。 くしくも、 七十一年前の七月七日、 いわゆる盧溝橋事件が勃発し、 日本軍による中国大陸全土への侵略が本格化していった。 そしてこの年の一二月には南京を舞台に大虐殺が行われたのだ。
 靖国神社をめぐって、 いろいろな意見や思いがあってもいいだろう。 ただし、 政治的な圧力で上映の自由を奪うなどということは言語道断である。 大切なことは一人一人が事実をもとに考えることだと思う。 靖国問題の根は深い。 (村上)
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