ぎふきょうそブログ小屋

岐阜県教職員組合のブログです。

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【ほんりゅう】何回めの春 

  「また春になってしまった これが何回めの春であるのか…」 で始まる辻征夫の 「春の問題」 という詩がある。 春を話題にするにはちょっと時期が早いかもしれないが、 この詩は 「原始人が今は春だなんて知らずに恐竜などと格闘しながら生き抜いてきたことを誉めてあげよう」 という詩で、 最後はその生き抜いてきたものが延々とつながり、 今の自分の 「いのち」 の中のどこかに歴史として宿っている、 ということを詠んでいる。 ▼最近、 ある組合員の方から手紙をいただいた。 その方は定時制高校で今年度退職を迎える方で、 私が退職にあたっての心境を二月に東京で行われる全教の定期大会で発言してもらうように参加を促したことから、 それに応えて 「定期大会で次のようなことを発言したいと思うがどうでしょうか」 という相談の手紙だった。 手紙に同封されていたのは、 その方の 「教員として過ごしてきた歴史」 とも言うべきレポートであった。 それを読んでいると、 教員として、 組合員として、 また地域の一員として、 そして親として生き抜いてきた生き様が書き記されてあった。 それには、 何か今の私の生き様にはねかえるものが多々感じられた。 ▼ 「春の問題」 の詩の最後に 「ぼくはきみなので自画自賛はつつしみたい」 とあるが、 その方の手紙は気負いのない誠に誠実に綴られたものであった。 でも、 そこには精一杯生き抜いてきた誇りが感じられ、 何かこれから 「きみ」 として生き抜いていく 「ぼく」 に励ましのエールをもらったような気持ちになった。 春はもうすぐやってくる。 (古山)
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